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仙台高等裁判所 昭和30年(ネ)444号 判決 1957年4月24日

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

控訴人

右代表者法務大臣

中村梅吉右

指定代理人法務事務官

清水忠雄

横山茂晴

真智稔

岩手県岩手郡岩手町大字久保第五地割二十九番地

被控訴人

三浦円次郎

同大字第五地割八番地の一の一

三浦申松

右両名訴訟代理人辨護士

吉田賢雄

右当事者間の損害賠償請求控訴事件につき、当裁判所は昭和三十一年十一月二十八日口頭弁論を終結して、次のとおり判決する。

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取り消す。

被控訴人等の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴人等代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠関係は控訴代理人において

一、盛岡税務署長のした所得税の一括納付の指導は、農協がこれに従うか否かはその自由意思によるのであるから、税務署と農協との間に納税事務につき委任契約が成立するいわれはない。農協が右一括納付をしたのは税務署の右指導を受け入れて事実上したものに過ぎない。

二、仮に税務署と農協との間に委任契約が成立したとしても、前記のごとく一括納付の方法によるか否かの自由を認められている以上、税務署長は各農協が一括納付事務をよく遂行し得るかにつきその信用状態までも調査する義務はないから、盛岡税務署長が御堂村農協につき確実に納付する見込があるかどうかを確めずに一括納付の取扱をさせたことは違法ではない。仮に税務署長に農協の信用状態を調査する義務があるとしても、具体的には各農協の一般的な財政状態を調査すれば足りるのであつて、それ以上農協職員に収納事務に関する不正があるかどうかまで調査する義務を負うものではない。

三、被控訴人等の主張する損害というのは、被控訴人等が御堂村農協に対しその所得税の納付を現金で委託したところ、農協職員がこれを費消横領したため収納機関に納付されず、そのため別途に納税しなければならなくなつたことによるのであるが、右被控訴人等の納付を委託した現金が果して回収不能であるかどうかは明確ではないのであるから、被控訴人等に右のような損害があつたとは必しも断定できない。

四、被控訴人等は盛岡税務署長が御堂村農協の経理状態が不良であるにもかかわらず同農協に税金の一括納付を取り扱わせたため前記のような損害を被つたと主張するけれども、経理状態が不良であるからといつて、所得税として納付の委託を受けた現金を流用するとか、横領するとかということは通常生じ得べきことがらではないから、右税務署長の行為と被控訴人等の損害の発生との間には相当因果関係はない。

五、仮に税務署長に右農協の現金の流用又は横領の危険性の有無まで調査すべき義務があつたとしても、同署長に過失があるとするためには右危険性が外部から容易に知り得る程度のものでなければならないところ、本件ではその点が明らかでないのであるから、同署長に過失があるとはいい得ない。

六、以上述べた控訴人の主張が全部理由ないとしても、賠償額の算定について過失相殺を主張する。すなわち税務署長に前記農協に委託された現金の流用又は横領の危険性を予見しなかつた過失があるならば、被控訴人等にも同様の過失があるはずであるから本件の賠償額の算定については被控訴人等の右過失も斟酌されるべきものである。

と述べたほか、原判決事実摘示と同じであるからこれを引用する。

理由

杜陵財務協議会は盛岡税務署とその管内の各町村をもつて組織する同税務署の外廓団体であり、管内各町村に対する納税事務の指導及び連絡を目的とするものであるが、右財務協議会主催の下に昭和二十五年一月六、七日の両日繋温泉御所閣において管内各町村長及び財務主任を集め、盛岡税務署からは署長、総務課長、直税課長及び間税課長らが列席して昭和二十四年度申告所得税の納付及び納税者番号制度並びに滞納処分等を議題として協議会を開催したこと、次いで同月十八日盛岡税務署長が再び盛岡市内丸消防会館に管内各町村長及び農協組合長を集め、昭和二十四年度所得税の確定申告と納税の取りまとめについて及び各町村の納税協力態勢の確立についてと題して協議会を開催したこと、これよりさき同月十一日盛岡税務署佐藤事務官が当時の御堂村長内藤直造の招きにより同村五日市小学校において昭和二十四年度所得税の確定申告に関する説明会を開き、同村民等にその説明をしたこと、盛岡税務署は被控訴人等が昭和二十四年度の所得税を権限ある収納機関に納付しなかつたとの理由でその納付を厳重督促した結果、昭和二十六年一月末から同年二月初ころまでの間に右所得税として被控訴人三浦円次郎は金五千七百円、被控訴人三浦申松は金三万五千五百円のほかそれぞれこれに延滞金等を附加して同税務署に納付したこと被控訴人等は御堂村農協の組合員であること、以上の事実は当事者間に争がないところである。

原審証人田中四郎の証言により成立を認める甲第十三号証、第二十八、九号証と同証人および原審証人村井小一郎の各証言を総合すると、御堂村農協に対し所得税として被控訴人三浦円次郎ば昭和二十五年一月二十七日金五千七百円(うち現金三百円、預金より所得税への振替分金五千四百円)、被控訴人三浦申松は同年一月二十七日及び同年五月十三日の二回に合計金三万五千五百円(うち現金三千七百二十五円、預金より所得税への振替分金三万千七百七十五円)の納付を委託し、その受領書の交付を受けたこと、しかるに当時同農協は甘藍の買付の失敗その他でばく大な欠損があり、経理状態が極めて不良であつて手持現金もなく組合員への預金の払戻も停止中であつたので、被控訴人等及びその他多数の組合員から預金から所得税への振替納付の依頼を受けたものの、これを払戻して税務署その他の収納機関に納付する方策がたたなかつたので、岩手県信用農業協同組合連合会(以下県信連と略称する。)に融資を求めたところ、既に数百万円の貸付金が未払であるためこれを拒絶されたこと、そこで同農協はその一部でも弁済すれば更に融資を受け得るものと思い被控訴人等及びその他の組合員から所得税の納付のため委託のあつた現金をもつて前記貸付金の支払に充てたけれども、結局県信連から融資を受けることができなかつたので、被控訴人等から委託を受けた前記現金及び預金の払替による税金の納付をすることができなかつたこと及び被控訴人等の右現金は同農協から返還を受けることの困難な状況にあることが認められる。右認定を覆すに足る証拠はない。それなら被控訴人等が御堂村農協に対し現金をもつて納付を委託した金額に限り被控訴人等において前示の如く後日再び納税を余儀なくされたのであるから、これをもつて被控訴人等のこうむつた損害ということができる。(被控訴人等が預金から所得税に振替納付を委託した金額について損害のあつたものとすることができないことは、この点に関する原判決の理由摘示のとおりであるからこれを引用する。)

被控訴人等は、右損害は盛岡税務署長等収税官吏がその職務の執行としての納税督励をするにあたり、納税者である被控訴人等に対し違法な説明ないし指導をしたことに原因し、なお右違法行為と損害との間に相当因果関係がある旨主張するので、先ず同税務署長らが被控訴人等に対してどのような内容の説明ないし指導をしたかについて案ずるに、成立に争のない甲第一、二号証、第四ないし第七号証、乙第一ないし第三号証に原審証人小笠原喜代至(第一回)藤村金造、久保彦造、松本典三郎、後藤和夫、内沢栄一、熊谷宮次郎の各証言を総合すれば、前示昭和二十五年一月六、七日繋温泉御所閣における協議会及び同月十八日盛岡市内丸消防会館における協議会の各席上盛岡税務署長が同署徴税第一係長松本典三郎にさせた説明の内容は、納税の促進が当時の国家財政上の急務であること、従つてこの際納税促進の便宜のため各町村農協組合員である納税者が昭和二十四年度の所得税を納付するには、できるだけ各自その所属農協に対し現金をもつて納付方を委託するか、又は農協に対し供米代金等の預金のある場合はこれから払い戻して所得税に振替納付方を委託し、一方農協はこれに対し右のような金員を受領した旨の領収書を発行交付し、現金で納付を委託された分と預金から払戻を受けた分とを一括して農協組合長名義で収納機関に納付する方法を採られたいこと、この場合納付を受けた収税機関は内訳明細の記載ある一括納税領収証書を農協組合長あてに発行し、納税者各個人に対してはあらためてこれを発行しないこと、ただし右のような一括納付による納税方法は納税促進の政策上税務当局として農協及び右納税者等のこれに対する可及的協力を要望はするが、この方法を採用すると否とは農協及び納税者等の自由であつて、これを強制する趣旨ではないこと、以上のとおりであつて、前示同年一月十一日御堂村五日市小学校における説明会での佐藤事務官の説明内容も前記松本典三郎のした説明内容と同趣旨のものであつたこと、なお盛岡税務署長が管内各町村長及び農協組合長に配布した文書も前記説明内容を前提とした一括納付に関する取扱要領並びに書類作成の方式を指示したに過ぎないものであること、以上の事実を認めることができる。

右認定に反する原審証人村井小一郎の証言は信用できない。

被控訴人等は右税務職員らの説明では納税者の前記のような農協に対する所得税相当金員の納付が税務署、郵便局又は日本銀行代理店等権限ある収納機関に納付したのと同一の効力がある、ことに前記農協の発行する領収書は権限ある収納機関の発行する納税領収証書に代るものであるといわれ、又前記のごとく納税の促進は国家財政上の急務であり、そのためぜひとも右納税の方法に協力されたい旨再三強調されたので、右の一括納付がそのまま納税として有効であり、且つそれ以外の納税方法を選択する余地はないものと信じた旨主張するが、原審証人小笠原喜代志(第一、二回)、佐々木彌右ヱ門、八角喜代治、村井小一郎の証言中この点に副う部分は前掲各証拠に照してにわかに措信し難く、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

却つて法令上国税の納税取扱場所は税務署又は郵便局もしくは日本銀行代理店のみに限られ、従つて税務署長がその一存で右以外のものを納税取扱機関に指定する権限のないことは顕著な事実であるし、又成立に争のない乙第五号証、前出証人佐々木彌右ヱ門、八角喜代治及び原審証人久保彦造の各証言によると、御堂村農協の組合員中昭和二十四年度申告所得税の納税義務者は百九十八名であるところ、そのうち同農協に前示所得税一括納付を委託した者は百十九名でその余の七十九名はこの方法によらず各自直接税務署等の収納機関に納付したこと、当時盛岡税務署管内の一市三十三ケ町村中川口、巻堀等の六ケ町村は農協による一括納付の方法を採用せず、他は一括納付の取扱をしたが納税者の全部がこれによつたのではなく、全体として約四十二%に過ぎなかつたことが認められ、この点より見れば右一括納付の方法は税務署が強制したものではなく、これによるかどうかは納税者の自由であつたことが窺えるのである。

以上認定のとおりであるとするなら、盛岡税務署長らの前示のような一括納付の方法に関する説明ないし指示は前記のとおり当時納税の促進が国家財政上の急務であることを説き、この政策に副うよう納税促進の便宜のため農協所属組合員である納税者に対しては右の方法によることを勧奨し、農協に対してはできるだけ、前示のような取扱による協力を求めたものであつて、右税務署長と納税者との間には勿論のこと、農協との間においても納税事務の委任契約等の法律関係が成立したものとはとうてい認め難い。それなら被控訴人等が右勧奨に従つて農協に税金の納付方を委託したところ、農協がその任務に背き収納機関に払い込まず、よつて被控訴人等に前記損害を被らしめたとしても、その損害と税務署長の右勧奨との間には法律上の因果関係は存しないものというべきであるから税務署長らの前示行為に基いて控訴人国が被控訴人等の被つた右損害を賠償すべきいわれもまたないものといわなければならない。

従つて控訴人に対し右損害の賠償を求める被控訴人等の本訴請求はその余の点の判断をするまでもなく失当として棄却すべきである。右と認定を異にし右請求の一部を認容した原判決はその点において取消を免れない。

よつて民事訴訟法第三百八十六条、第九十六条、第八十九条、第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石井義彦 裁判官 上野正秋 裁判長裁判官村木達夫は差支のため署名捺印することができない。裁判官 石井義彦)

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